玲子の場合 第1章 ACT4 | キャリアウーマンのそれぞれ -「タレントの卵・営業日誌」連載中-

玲子の場合 第1章 ACT4

 翌日、グリーンのスーツに身を包んだ玲子は、いつもと同じ顔つきで出社した。
 同じ課の部下の後ろを「おはよう」と声を掛けながら通り抜け、自席につく。
 隣席の中山課長に挨拶しながら椅子に座ろうとした玲子へ珍しく中山から声が掛かった。
「占部くん、今日のスーツは綺麗だね。」
 玲子は苦笑しながら顔を向けた。
「ありがとうございます。でも課長、たまには中身も誉めてくださいね。」
 中山は困ったような顔で笑った。
「あ、いや・・服だけ誉めるつもりじゃあ、なかったんだが・・・。」
 愛妻家で有名な中山としては、妻以外の女性の中身を誉めると言うことはほとんどないし、服装を誉めることも稀だ。
 そんな中山が今日の玲子のスーツを誉めただけでも上出来だった。

 週の半ばの朝礼は各部署単位で行われる。
 部長、課長、課長代理の順で今日の予定を確認と連絡事項の伝達だけだったので、短い時間で朝礼は終わった。
 席に戻った玲子は末席の友美を呼んだ。
「友美ちゃん、申し訳ないけど午後からの会議の資料をコピーしてくれないかしら?関根常務もいらっしゃると思うから、8部お願いね。」
 玲子から手渡された書類を受け取る友美は大卒の専門職である。
 英文科卒なのに海外部署に配属されなかったせいか、仕事熱心と言うほどでもないが、頼まれた仕事はそつなくこなす。
 玲子にとって、頼まれた仕事をミスなくこなしてくれる部下は有り難かった。
「はい。出来上がったらお持ちします。」
 少し派手めの顔立ちの、現代っ子の友美だが、敬語も使い分けが出来る。
 専門職は制服があるので、社内で見る友美は地味めの化粧をしているようだ。
 長すぎない程度に伸びた爪には派手にならない程度のパールピンクのマニキュア。
 自分の立場をわきまえているように見える。

 玲子はコピー機へ向かう友美の後ろ姿を見送った。
 肉感的なヒップは若さの証のようにキュッと引き締まって持ち上がっている。
 少し内股なのか、すり足気味に歩く友美の後ろ姿は臀部が誘うように揺れていた。
「きっと、あの子はどうすれば自分が魅力的に見えるのか知っているのだろうな。
 それを計算ではなく、本能で出来る・・・。
 控えめに見えるけど、奔放な私生活を送っているのかもしれない。」
 そう思った玲子は眩しく見える若い友美の背中から目を離した。

 10時には大沢がやってくる。
 大沢の作成した書類のチェックは、玲子の隣の席では出来ない。
「小会議室は空いてたっけ?」
 ふと、ボードを見上げ確認した。
 12時までの2時間、若い大沢と密室で2人きり。
 そう考える玲子の胸に高揚感があるのを否定出来ない。
 日中の社内で、しかも今年入社したばかりの新人大沢が、仮にも管理職の玲子に何か出来るとは思えないが、2人きりで顔を突き合わせて書類を確認する時に手が触れるかも・・・と想像しただけで、玲子の中の女がドキドキと高鳴るのだ。
 玲子の胸の高鳴りは、年齢も立場も逆転しているが、中学の憧れの先輩と擦れ違う時に似ている。
 触れるはずもない、擦れ違いざまにぶつかるだけの勇気もないのに側を通るだけでドキドキしたあの頃。
 今の玲子の立場では大沢に言い寄ったり出来ない。

「女性で課長代理ですか・・・。」
 初めて会った時、大沢から見詰められた。
 会社の先輩としてなのか、大人の女性としてなのか、大沢の玲子を見詰める眼の中には憧れのような光があるのを玲子は感じていた。
 大沢の期待は裏切れない。
 玲子は上司の仮面を被って、大沢が来るのを待った。

 10時を過ぎても大沢は現れない。
 時計を見た玲子は首を傾げた。
 いつも5分前までには必ず大沢はやってくる。
 10時5分を過ぎる頃、大沢が焦った表情で走り込んできた。
「すっ、すみません!遅くなりました!」
 玲子は微笑で大沢を迎えた。
「コピーが混んでいたもので・・・すみませんでした!」
 体育会系が抜けないのか、大沢の声が響いた。
「そう、しょうがないわね。じゃ、小会議室に行きましょうか」
 玲子は社内用の手帳を持って立ち上がった。
「はい!」
 少しトーンを落とした大沢の声は、それでもまだ大きかった。

 会議室に向かう玲子と大沢。
 玲子に自覚はなかったが、その瞳は少し潤んでいた。


------------------------------------------------

玲子の場合 第1章 ACT5 へ・・・